ブログを始めるにあたって…
もともと「ブロガー」というものに興味があった。何か自分の意見や感想を綴ってそれを飯の種にする。とても素敵なことだと思っていた。
今や就活生となり真面目に将来について考えなくてはいけなくなった。「就職しない道」というものも真面目に検討してみた。しかし、それは臆病な自分には出来ないと分かった。
では、何故ブログを始めたのか?
それは、大学の恩師が亡くなったからだ。ゼミの指導教授でもないし、「恩師」と言えるほどの間柄かは分からない。しかし、私にとっては確かに「恩師」であった。
私は3年間、その教授の講義を好んで履修した。彼に自分の顔と名前も覚えてもらった。積極的に授業に参加し、いつも最高評価をもらった(これはささやかな自慢だ)。廊下で会えば話しかけてもらった。
彼のジョークははっきり言ってあまり面白くなくて、そのことが逆に面白かった。彼は機会さえあれば「自分は凄い人間だ」と恥ずかしげもなく言い、「自分の講義は他の教授の講義よりもずっと為になる」と笑顔で語った。こんな風に書くと彼が嫌な人間のように聞こえてしまうかもしれないが、もちろんそんなことはない。私を含め、彼の講義を受けている皆が半分は呆れつつ、半分は笑いつつそんな彼の姿を愛おしく見ていた(はずだ)。
彼はそれなりの年齢だったが、「いつか自分の小説を書きたいし、詩も出したい」と言っていた。来年度に研究したい事柄についてもよく話していたし、講義で取り上げたいテーマについても語っていた。そんな彼を見て、「いつか彼が出す本を読んでみたいなぁ」なんて思ったものだった。
しかし、そんな彼はもう二度と教壇に立つことはない。廊下で私に話しかけてくれることもないし、私のコメントペーパーを「面白い意見」として取り上げてくれることもない。彼が研究したかったテーマの参考資料は、彼に読まれることなく机の上に積まれているのだろう。彼が書く前から「ベストセラー」と豪語する小説も詩も読まれることはない。
彼の死が私に教えてくれた。「のんびりしている暇はないかもしれない。死はすぐそこまで迎えに来ている」と。
私はいつものんびりとしてしまう。「明日やればいいや」、「来月から始めればいいさ」、このような台詞を何度繰り返してきたか分からない。だから今回だけはちゃんと始めた。本当は何か小説を書いて、「100年先も残る「私」という人間が生きた証」というものを残したいのだが、それには少々準備が必要だ。だから取り敢えずは自分が「良い・感動した・熱くなった!」というものを紹介していくブログから始めようと思う。
そして、最後に。
一体何人の人がこの文章を読んでくれるのかは分からないが、自分を含めここまで読んでくれた貴方に一つの言葉を贈りたい。
死を想え。
これは脅しや警告ではない。むしろ一歩前に進むための活力に満ちた言葉として捉えてほしい。
「やらなければいけないこと」、「やるべきこと」、これらの他に貴方は何をしていますか?
私はただなんとなく残りの時間を過ごしてしまっていました。
「やりたいこと」
残った時間はこれにこそ費やすべきです。もちろん息抜きは大事だし、優先度の低いやりたいこともあります。
でも、もし貴方にはっきりとした「やりたいこと」があるなら今すぐにそれをやるべきです。だから私は勢いでブログを始めてみました。
コメントなどありましたから何でも書いてください。
では、また次回…